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由来・伝承建久二年(1191)に南部光行が甲斐国から糖部に移る時に、 お供してきた舞師の遺した型が山岸獅子踊の流儀であるといわれ、 寛永十年(1633)に城下の町々で上下を挙げて御祝儀が行われた時、 藩主が、国家安穏、五穀豊穣を祈願して、三戸城下から連れてきた「しし踊」 を舞わせたのが始まりといわれています。 また、盛岡城内の烏帽子岩に「しめなわ」を張り渡す時などにも踊らせ、 藩内の鎮護を祈ったといわれています。 演目内容唄、お囃子(太鼓、笛)、前踊、中踊、後踊があり、 八幡宮祭典などで見ることができます。 |