1051年〜1062年の古代末期、東北北部に起こった内乱、前九年の役は、
東北が中央支配から自らの独立を主張する時代へと変革した一時代の大きな出来事です。1051年、東北の武将安倍一族との合戦で陸奥守藤原登任(なりとう) が鬼切部(おにこうべ・現在の宮城県玉造郡鬼首)で大敗したのが始まりで、 翌年には朝廷が安倍氏対策のために源頼義を陸奥に下向させました。 安倍頼時は、源頼義将軍に従い休戦し、一時は平穏に過ぎましたが、 阿久利川(あくとがわ)での殺傷事件で頼時の子・貞任が罰せられそうになり、 戦闘が再開されました。頼時は敗死、その息子である貞任・宗任は抵抗し、 その後の戦で源氏は大敗しました。源氏は出羽山北の大豪族に参戦を求め、 その力により衣川の関・厨川の関を抜いて、安倍一族を破りました。 源氏が安倍氏を厨川の柵まで追いつめた、この衣川の戦いは前九年の役での天下の分け目にあたる戦いでした。 このあと歴史は、後三年の役から栄華を誇った平泉・藤原黄金時代へと続いていきます。 盛岡市の西側には安倍館町、前九年町、厨川など、安倍氏の名残をとどめる町名が多く残っています。 |
| 所在地 | 盛岡市安倍館町 観光地図A-1左上 |
| アクセス | 盛岡駅前バス乗場9番線安倍館下車 |
