豆腐文化のきっかけ
長きにわたって、「豆腐消費量日本一」のまちである盛岡。
なぜこれほどまでに消費されているのか、色々な説がありますが、以下の4説が盛岡の豆腐文化を支える要因と考えられています。
- 江戸時代、盛岡の地に城を築いた南部藩主が、京都などの先進地から多くの職人を招いた際、優秀な「豆腐職人」もおり、盛岡の町に豆腐文化の基礎を築いた。
- その昔冷害などで米が取れにくかった時代に、海のない盛岡では、海の幸に代わる貴重なタンパク源として大豆が重宝され食べられていた。
- 盛岡にはおいしい豆腐づくりに欠かすことができない「良質で豊富な地下水」があった。
- 盛岡にスーパーマーケットができた当時、安売りの目玉商品として豆腐が大量に生産された。
また、スーパーマーケットなどでの豆腐の売り場の面積も、他都市に比べて2倍近くあると言われています。転勤や就職、通学で初めてこの地を訪れる人にとっては驚きの光景に見えるようです。
